県外の大学から専門学校へ進路を変えた僕が、1年で東京を代表する大手企業の内定をつかむまで
「プログラミングなんて、一部の特殊な人がやるものだと思っていました」
いったんは県外の大学へ進みましたが、2年で専門学校へ進路を切り替えました。23歳で選び直したとき、パソコンの知識はほとんどゼロでした。
「今から始めても手遅れじゃないか。正直、そう思いながら飛び込みました」
そう振り返るのは、専門学校那覇日経ビジネス ネットワークスペシャリスト科2年のRさん。入学後、チームで挑んだ実践授業では企業から「ベストチーム」に選ばれました。今はIT・通信の大手グローバル企業に、インフラエンジニアとして内定しています。
遠回りに見える道を選んだ人が、どうやってここまで来たのか。ラボちゃんがじっくり話を聞きました。
Rさん
専門学校那覇日経ビジネス ネットワークスペシャリスト科2年。24歳。沖縄県立球陽高等学校を卒業後、県外の大学へ進学。2年で専門学校へ進路を切り替え、同校へ入学した。2026年6月、実践授業『ネットワーク構築提案』でチームのリーダーを務め、企業からベストチームに選出された。卒業後はIT・通信の大手グローバル企業へ、インフラエンジニアとして東京勤務の予定。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 所属 | ネットワークスペシャリスト科 2年 |
| 年齢 | 24歳 |
| 経歴 | 沖縄県立球陽高等学校 卒業 → 県外の大学に2年在学 → 専門学校那覇日経ビジネスへ |
| 内定先 | IT・通信の大手グローバル企業/インフラエンジニア(東京勤務) |
| 趣味 | ゲーム、フットサル、グルメ巡り |
※記事に掲載している学年・内定状況などは、すべて取材時(2026年8月)の情報です。
入学前は、プログラミングを別世界のものだと思っていました
━━━入学前は、パソコンやITにどれくらい触れていましたか?
知識もスキルも、ほぼゼロでした。高校の授業でちょっと使ったくらいで、それ以外はほとんど触っていません。
プログラミングという言葉は知っていましたが、完全に別世界のものでしたね。一部の特殊な人がやるもの、という感覚でした。
━━━それでもIT分野を選んだきっかけは何だったんでしょう。
最初はぼんやりしたものでしたよ。「趣味のゲームにパソコンの知識が活かせたらいいな」という程度です。
それが勉強を進めるうちに、ITそのものの面白さに引き込まれていきました。入口の理由と、今やっていることが全然違うんです。
大学から専門学校へ。23歳で進路を選び直しました
高校を出てすぐこの道に進んだわけではない。県外の大学に2年通い、そこから専門学校へ進路を切り替えている。次の進路は、慎重に選ばざるをえない立場だった。
━━━他の進路とも迷ったうえで、最終的にこの学校を選んだ理由は?
決め手は、大手企業が監修しているカリキュラムでした。最先端の技術を、教科書の上ではなく実践形式で学べる。そこに強く惹かれたんです。
知識を詰め込むだけで終わらないところも大きかったですね。社会人としての即戦力やビジネススキルまで、学生のうちに経験できる環境だと感じました。

PBLでリーダーを務めて、企業からベストチームに選ばれました
━━━一番面白かった授業を挙げるとすると?
DX(デジタル技術で仕事や社会の仕組みを作り変えること)や最新トレンドを扱う授業です。今の業界で何が起きているのかがそのまま入ってくるので、毎回ワクワクしていました。
━━━Project Based Learning:実際の課題をチームで解決していく授業(以下、PBL)ではリーダーを務めたそうですね。
技術面の学びももちろんありました。ただ、大きな収穫は別のところにあります。お客様への対応、メールのやり取り、プロジェクトの進め方。こうした実務そのものを、学生のうちに経験できたことです。
2026年6月の『ネットワーク構築提案』という実践授業では、チームで出した成果を企業の方に評価していただき、ベストチームに選んでいただきました。
━━━産学連携授業はいかがですか。
企業の現場で実際に使われているリアルな環境と、そこにある緊張感。それをそのまま体験できるのが魅力だと思っています。
質問の仕方ひとつ、やり取りの姿勢ひとつまで意識して臨むことになるんです。他の学校ではなかなか得られない、「社会人2年目レベル」の経験を積ませてもらっている感覚があります。

指示を受ける側から、自分が進める側になりました
━━━ここまでで、一番壁を感じたのはどんな時期でしたか?
高校時代までの自分は、ずっと指示を受ける側でした。それが専門学校では、チームをまとめて引っ張っていく立場になります。最初はかなり苦戦しましたね。
正解がわからないまま、とにかく動いて試すしかない。その試行錯誤を続けるうちに、「進めてもらう側」から「自分が進める側」へと変わっていきました。今振り返ると、ここが一番大きな成長だったと思います。
不安はありましたが、東京で働くことを選びました
━━━就職活動はどのように進めましたか。
正直に言うと、東京で働くことには不安もありました。それでも「一度は厳しい環境で経験を積みたい」という気持ちが勝って、挑戦することにしたんです。
先生方には、自己分析から履歴書の添削、面接練習まで手厚くサポートしていただきました。その後押しがあって、IT・通信の大手グローバル企業にインフラエンジニアとして内定をいただけたと思っています。
インフラエンジニアとは
サーバーやネットワークなど、ITサービスが動くための「土台」をつくり、動かし続ける仕事。
アプリやWebサービスが24時間止まらずに使えるのは、この土台を支える人たちがいるからです。
━━━将来は、どんなエンジニアになりたいですか。
与えられた仕事をこなすだけの人にはなりたくありません。自分からアイデアを出して、周囲から「頼られるエンジニア」になりたいと思っています。
やりたいのは、インフラ構築やIoT(家電や機器をインターネットにつなぐ技術)を通じた社会貢献です。技術で世の中をもう少し便利にする。そこに関わっていきたいですね。
迷っている時間より、動いてからの時間のほうが早く進みます
━━━これから進路を選ぶ高校生へ、一歩を踏み出すコツを教えてください。
「今からITを始めても遅いんじゃないか」と迷っているなら、とにかく一歩動いてみてほしいです。
自分も「手遅れかも」と思いながら飛び込んだ一人です。それでも1年ちょっとで、自分でも驚くほど知識が身につきましたし、何より明確な将来の目標が見つかりました。
迷っている時間より、動いてからの時間のほうがずっと早く進みます。

休日は、天体望遠鏡で星や月を見ています
━━━ロマンチックな趣味があると伺いましたが……?
夜空がきれいな日に、天体望遠鏡で星や月を観察するのが隠れた趣味です(笑)。望遠鏡越しに写真を撮ったりもしています。

それ以外にも休日はかなりアクティブですよ。Instagramで沖縄のグルメアカウントを見つけては、友人に共有して食べに行ったり。中学・高校の同級生と月に1〜2回集まって、ペンションに泊まったりフットサルをしたりもします。


編集後記
インタビューを通して伝わってきたのは、遠回りを恐れず、選び直した道でまず動いてみる姿勢でした。
大学から専門学校へ進路を切り替え、PBLではチームを率い、東京で働く道を選んだ。ひとつずつの選択は大きく見えますが、Rさん自身は「迷っている時間より、動いてからの時間のほうが早く進む」と話します。
パソコンの知識ゼロから東京の内定まで、その距離を縮めたのは、特別な才能ではなく、動きながら学び、周囲と経験を積み重ねた時間だったのだと思います。
遠回りをしたぶん、選び直した進路について話すときのRさんには迷いがありませんでした。
進路に迷っているなら、まず見に来てください
Rさんも、最初は「手遅れかも」と思いながらオープンキャンパスに足を運んだ一人でした。
自分に合う場所かどうかは、実際に見て、話を聞いてみるのが一番わかりやすいと思います。授業の雰囲気や在校生の様子を、気軽に覗いてみませんか。