NIKKEI  IT  LAB.
INTERVIEW 2026/06/05

ギターを作っていた僕が、32歳でITエンジニアに ── 沖縄うるま市出身・呉屋さんに聞く「好きなことを仕事にする」選び方

呉屋さん(那覇オフィスのバルコニーにて)

高校時代は英語科の生徒で、ギターに夢中だった。卒業後は東京の音楽専門学校でギター職人を目指す。ローディー、楽器店、販促営業を経て、32歳・子供が1歳のときに未経験のITエンジニアへ転身——。

「キャリアプランなんて考えたことなかったです。その時その時で、好きなことを選んできただけ」

そう穏やかに語るのは、沖縄県うるま市出身の呉屋さん(37歳)。株式会社グローバルウェイ那覇オフィスで、シニアコンサルタントとして働く。ITとはまったく無縁だった高校時代から、未経験で飛び込んだ転職、いま現場で感じていることまで、ラボちゃんがじっくり話を聞きました。


株式会社グローバルウェイ ロゴ

会社紹介

株式会社グローバルウェイは、SalesforceやMuleSoftなどのクラウドソリューションとAI活用支援を通じて、企業のDX推進を支援しています。構想策定から導入・活用定着、ITコンサルティングまで一貫して伴走し、業務変革を実現します。また、人材紹介サービスも展開し、“人”と“技術”の両面からAI時代の企業変革を支えています。

呉屋(ごや)さん

株式会社グローバルウェイ 那覇オフィス(MuleSoft事業部)シニアコンサルタント。沖縄県うるま市出身。前原高校(英語科)卒業後、東京・高田馬場のESPミュージカルアカデミーでギタークラフトを学ぶ。卒業後はローディー、楽器店スタッフ、販促物の営業職を経て、2021年6月、32歳・未経験で株式会社グローバルウェイに入社。2023年5月、那覇オフィス開設のタイミングで沖縄にUターン。

年月 できごと
2007年3月 沖縄県立前原高等学校(英語科)卒業
2007〜2009年 ESPミュージカルアカデミー ギタークラフト科
2009〜2013年 ローディー、楽器店スタッフ
2013〜2021年 販促物の営業職
2021年6月 株式会社グローバルウェイ 入社(32歳・IT未経験)
2023年5月 那覇オフィス開設に合わせて沖縄へUターン

高校時代:「ITなんて脳みそ一ミリもなかったです」

━━━高校生の頃って、どんな学生さんでしたか?

前原高校の英語科に通っていました。英語が得意だったわけじゃなくて、「英語学んどけば役に立つだろう」「修学旅行で海外に行けるらしい」っていう、ふんわりした理由(笑)。部活は小中で野球、高校ではバンド活動が中心でした。Hi-STANDARDみたいなメロディックパンクが好きで、土日はライブハウスにも出ていましたね。

━━━ITって、選択肢にありました?

脳みそ一ミリもなかったですね。パソコンはネットショッピングをポチポチするくらい。周りにIT系を目指す同級生も、いなかったというか、見えていなかったというか。

インタビューに応じる呉屋さん
那覇オフィスにて、高校時代を振り返る呉屋さん

進路は「好きなこと」優先 ── ギター職人を選んだ高校2年の終わり

━━━そこからどうやって進路を決めたんですか?

高2の終わりごろですね。「ああ、これは決めなきゃいけないな」って迫られて。なりたい職業がない以上、もう今やりたいこと、興味があることを選ぼうって決めたんです。

僕は昔から、ものをいじってるのが好きだった。だったらギターを作る道があるな、と。資料請求して何校か比べて、東京・高田馬場のESPミュージカルアカデミーに決めました。一人暮らしがしたかったのも、東京を選んだ大きな理由ですね(笑)。

2年生に上がるときに「ギターを作る」か「ライブ機材まわりまでやる」かを選ぶことになって、僕はライブにも関われるギターテクニシャン専攻を選びました。


ローディー、楽器店、販促営業 ── ものづくり10年

━━━専門学校を卒業してからは?

最初の2年はローディー。アーティストさんに帯同して、楽器のメンテをやったり、ライブ機材を運んだり、ステージ袖でケーブルを巻いたり。もう完全に裏方の仕事です。

そのあと楽器店で接客を2年くらい。その次に縁あって販促・印刷の営業職に転職して、8年ほどいました。シールやラベル、販促物の提案ですね。営業の仕事ですけど、自分が提案して作ったものが、お店の売り場に並んでるのを見るのが楽しくて。


32歳・子供1歳で未経験ITへ ──「やってダメだったら、変えればいい」

━━━そこからどうしてIT業界に?

営業をしていると、クライアントの現場がどんどんデジタルに切り替わっていくのを目の当たりにするんですよ。紙でやってたものがシステム化されて、業務がガラッと変わっていく。

正直、楽器業界はもともと給料が安かったし、もう少し稼げる業種に行きたい気持ちもあって。それで何の業界がいいかなと考えたとき、周りにIT業界の友達が多かったんですよね。「だったらやってみたら?」って軽く言われて、「あ、じゃあやってみるか」と。

会社をやめてITスクールで基礎を学んで、転職活動を始めました。求人票を、もう上から順に応募していった感じです(笑)。その中で一番返答が早かったのがグローバルウェイで、すぐに面接になりました。

━━━当時、おいくつでしたか?

32歳ですね。子供は1歳でした。

━━━未経験で、子供もいて、決断は大きかったんじゃないですか?

面接でね、上司に思いっきり言われたんですよ。「32歳で未経験で来るのは、正直遅いよ」って。「すぐにエンジニアとして何かできるわけがない。でも頑張ればなれる」って。

その綺麗事なしの言葉が、逆にすごく良かったんです。自信はなかったですよ、もちろん。でも、やらないで終わったらそこまでだから。やってみてダメなら、それで分かるか、と。


今の仕事:「システムとシステムをつなぐ」

━━━いま、具体的にはどんなお仕事を?

「MuleSoft(ミュールソフト)」という製品を扱う部署にいます。簡単にいうと、会社の中にあるバラバラなシステムを、APIっていう仕組みでつないで一つに連携させるプラットフォームなんです。県内のインフラ企業さんをはじめ、県内・県外のクライアントに対して、業務システムの連携や自動化を提案して、開発しています。

那覇オフィスは7人くらいの規模。1日の流れは、9時前後に出社して朝会、それから作業して、夕方17時に夕会、18〜19時には退社。フレックスでリモートもOKなので、子供が保育園から急に呼び出されたときも、わりと柔軟に動けます。

グローバルウェイ那覇オフィスで作業中の呉屋さん
グローバルウェイ那覇オフィスにて。県内・県外のクライアントの案件を手がける

入社後の壁 ──「分からないことが、分からない」

━━━未経験で入って、最初は大変だったと思うんですが…

それはもう、未知の連続でした。技術的にもそうだし、「何が分からないかが分からない」という状態が、一番つらかったですね。

朝、仕事が始まる前に2時間、夜は3〜5時間、ずっと勉強していました。子供が朝早く起きるので一緒に起きて、子供が寝た後にまた勉強して。受験生みたいでしたね(笑)。

ありがたかったのは、会社が教材費も試験費も全額負担してくれること。「これ受けたい」って言えば、出してくれる。AWS、Salesforce、MuleSoft関連の資格を入社後にいくつも取りました。

あとは、分からないときにすぐ周りに聞ける関係性。エンジニアって一人で抱え込みがちなんですけど、「ちょっと話せますか?」の一言で、一日無駄にするか解決するかが変わるんですよ。


プログラムを書くだけが、エンジニアじゃない

━━━高校生が思うITエンジニアって「暗い部屋で一人カタカタ」のイメージなんですが、実際は?

あ、それ違うんですよ。プログラムを書くだけがエンジニアじゃない。書いている時間って、実はそんなに多くないんです。

仕事の流れでいうと、まずお客さんと話して「何に困っていますか」を聞き出して、「じゃあこういう設計でいきましょう」と提案する。要件定義、設計、提案、ここがすごく大事で、それも全部エンジニアの仕事です。

最近はAIがコードを書いてくれる時代になってきているので、ますます上流工程人と話す力が大切になっていきます。

僕の場合、楽器をいじってきたから「すごい細かいところが気になるタイプ」って先輩に言われたことがあって、それはエンジニアの仕事に活きていますね。営業の経験も大きい。一人じゃ仕事は進まないので、対人スキルってものすごく武器になります。

提案したものが形になって、お客さんから「今まで時間がかかってた作業が楽になりました」って言ってもらえる瞬間が、いちばん面白いです。


妻と一緒に、沖縄へ ──「海見ながら仕事した方がいいよね」

━━━東京から沖縄に戻ってきた経緯は?

入社した頃は、沖縄に戻る気はなかったんですよ。「ゆくゆく落ち着いたらアリかな」くらいの気持ちで。

ところがコロナ禍でリモートワークが当たり前になって、2023年5月に会社が那覇オフィスを開設するタイミングで、上司から「沖縄帰ってもいいよ。海見ながら仕事した方がいいよね」って相談されたんです。

妻は徳島出身で、子供もまだ小さい。子育てって、何かあったときにサポートしてくれる身内が近くにいるかどうかで、全然違うんですよね。だったら、自分の実家がある沖縄に行くのもアリじゃないかと。妻に話したら「いいんじゃない? 海あるし、オシャレなカフェもあるし」って(笑)。妻もIT業界でフルリモートなので、住む場所を選ばないんです。

那覇オフィスでPC作業中の呉屋さん
「子供が保育園から急に呼び出されたときも、わりと柔軟に動ける」

沖縄の人は、シャイで温かい

━━━沖縄に戻ってきて、何が一番変わりましたか?

満員電車のストレスがなくなったのは大きいですね。渋滞はありますけど、車って個人空間だから全然違う。あと、人との距離感ですね。これは戻ってきて初めて気づいたんですけど、東京って怖かったんだなって。みんな顔が険しくて、急いでて。沖縄に来て数ヶ月したら「あ、違うんだ」って分かりました。

ただ、沖縄の人はシャイなんですよ。県外から移住してきた人を最初から大歓迎してくれるかというと、ちょっと違う。「あったかい」イメージとはかけ離れているように見えるかもしれない。でも、2回3回と会ううちに、ちゃんと仲良くなっていく。話しかけるまでがちょっと遠いだけで、話しかければ嫌がる人はいないんです。

休日は那覇マラソンに向けてランニングしたり、ゴルフに出かけたり。ゴルフは沖縄に来てから始めたんです。ITの仕事は、どこでも働けるのが強みです。働く場所に縛られず、自分らしいキャリアを長く続けていける。それが自分にはすごく合っていました。

ゴルフを楽しむ呉屋さん
沖縄で始めたゴルフ
那覇マラソンに向けてランニングする呉屋さん
那覇マラソンに向けたランニング
家族と過ごす呉屋さん
家族と過ごす休日

高校生へのメッセージ ──「好きなことをやって、ダメなら変えればいい」

━━━最後に、進路で悩む高校生に一言お願いします。

「基本的には、好きなことをやってほしい」って思います。

「ダメだったら変えればいい」って、僕も父親に言われた言葉なんですけど、これは本当にそうで。30歳でこうなる、40歳でこうなる、って完璧に描ける大谷翔平みたいな人は、なかなかいないですよ。だからその時その時で、興味のあることを選んでいけば、なんとかなる。

ITに興味があるなら、まずは知ることから。「プログラムを書くだけがエンジニアじゃない」って、知るところから始めてほしいです。

最後に、これは僕の合言葉みたいなものなんですけど──

「やらないで終わったら、そこまで。やってみてダメなら、それで分かる」

このくらいの気持ちで、一歩踏み出してみてもらえたら嬉しいです。


※ この記事は2026年4月の取材時点の情報に基づいています。

ラボちゃん
ライター

ラボちゃん

事務職での実務経験を経て、IT業界へ転身。現在はIT企業にて、次世代のIT人材育成・教育に携わっています。「ITは自分には遠い世界」と感じていた経験があるからこそ、一歩踏み出す楽しさや、ITが自分の可能性をいかに広げるか、高校生に近い目線でお伝えします!